2004年1月20日(火) ~ 2004年3月23日(火)

僕と彼女と彼女の生きる道

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2004年1月20日(火)


   草彅剛の「僕と彼女と彼女の生きる道」を観た。最初は「変わったタイトルのドラマ
  だなぁ……」というくらいにしか思っていなかったが、なかなかどうして、これは案外
  渋い作品である。若い頃、子供たちと触れ合う機会が決して多かったとは言えない私に
  とっては、結構身につまされるディティール表現があって他人事とは思えない。子供に
  どう接すれば良いのか? 単にそれを「知らない」だけの哀しい主人公の気持ちには、
  我が身を省みて大いに「共感」出来る部分が確かにある。

   今夜の放送は、少しづつ変わっていく親子の表情が「淡々と」描かれていて、それが
  実に良かった。動物園でペンキ塗り立てに気付いた父と娘が笑い出すシーンでは、鼻の
  奥がツーンとした。ええ話や、ホンマええ話や。単なる「お涙頂戴のハッピーエンド」
  に陥ることなく、このまま淡々としたディティール表現を続けてくれると有り難い。

2004年1月27日(火)


   帰宅後、今夜も「僕と彼女と彼女の生きる道」を観た。前回の脚本同様、今回も実に
  良かったとは思うが、お話の進行の都合上、ちょっとだけ強引な展開が気になる部分が
  2ケ所だけ目についた。ひとつは、テストの点数が悪いことを叱った主人公が翌朝には
  学校まで出掛けて行って、担任の先生に相談するシーン。いくらなんでも、会社勤めの
  サラリーマンがウィークデーの朝に学校に出掛けられるわけがない。二つ目は、会社を
  定年退職になった窓際族の父親が、皆から花束の贈呈を受けたあと廊下に出た3秒後に
  悪口を言われるシーン。なんぼなんでも、3秒後に悪口言っちゃまずかろう(^_^;)。

   ……とまぁ、イチャモンつけようと思えばつけられないこともないが、このドラマは
  まだまだ「良いテンポ」を保っているように思う。心配なのは、逆上がりが出来た瞬間
  主人公が泣きじゃくるような「お涙チョーダイ路線」が、今後の展開で露骨に出ちゃう
  ことである。前回も書いたが、このドラマの良さは主人公の心の変化を「淡々と」描く
  その一点にあると思うので、あまり派手な展開は避けて欲しいところではある。次回の
  予告編を観て驚いた。あちゃ~、こいつ、会社を辞めるのかぁ?(^_^;)

2004年2月3日(火)


   今夜も「僕と彼女と彼女の生きる道」を観る。今夜の脚本は全般的に不自然な部分が
  見当たらず、安心して観ることが出来た。ラストシーン近く、主人公が放った「本気で
  やって下さい!」という言葉に大変感動してしまった。なかなか吐ける言葉じゃないと
  私は思う。あの一言のためだけに、今日の脚本のディティールの積み重ねがあったのだ
  なぁ。本当に、とても良いセリフであった。

2004年2月10日(火)


   今夜も「僕と彼女と彼女の生きる道」を観る。今夜は帰りが遅かったため、ビデオの
  録画でチェックである。テレビ嫌いの私をここまで惹きつけるとは、なかなか侮り難い
  ドラマだろう。今夜は、NHKの「まんてん」に出ていた「先生」が、飛び降り自殺を
  図ったところで次回予告と相成った。毎回毎回、このドラマの予告編は次回のラストに
  近い部分をチラッと紹介するもんだから、結果的には2話も先を見せられているような
  気になってヤキモキしてしまう。完全に先方の術中にハマっている次第である(^_^;)。

2004年2月17日(火)


   今夜も「僕と彼女と彼女の生きる道」を観た。最近は、この物語に巧妙に仕組まれた
  ご都合主義が、あまり気にならなくなってしまった。「ご都合主義」とは、例えば家庭
  教師の女が居候同然でいつも主人公の帰りを待っていることだとか、待っていない時は
  必ず深夜のコンビニで出会うことだとか、なんでこんな顔の主人公ばかりが女にモテる
  のだ?という素朴な疑問(^_^;)だとかである。しかし、そういう不自然さもこの物語の
  展開には無くてはならぬもので、いちいちケチをつけるのは不粋というものだろう。

   今夜の放送では、飛び降り自殺をした上司の芝居が良かった。通夜の席で寿司を喰い
  まくっていた主人公が、トイレで突然号泣するところも良かった。しかも、一見順調に
  見えていた家庭教師との恋が、もう1人の女のせいでギクシャクするところに元妻まで
  出てきて、物語は一挙に波乱含みの佳境に突入せんとするところである。しばらく目が
  離せそうにない展開だ。次回は一体どんなお話なのでしょうか?(^_^)

2004年2月24日(火)


   今夜の「僕と彼女と彼女の生きる道」は、元妻が長女の前に現れて、主人公に連絡を
  入れて来て、家庭教師との哀しい思い(失恋?)があって、ほんでもってヨリを戻そうと
  するところで終わった。起承転結の「転」部分に当たる慌ただしい展開だったが、私が
  思うに、この主人公たちのヨリは多分戻らんぞ(^_^;)。なんか、もう一波瀾ありそうな
  気がして仕方がない。今頃になって、このドラマのタイトルの「彼女」というのは元妻
  なのか?家庭教師なのか? 良く判らなくなってきてしまった。ひょっとすると「僕と
  家庭教師と元妻の生きる道」という結末なのかも知れないね。ますます、目が離せなく
  なって行きますなぁ。

2004年3月2日(火)


   今夜の「僕と彼女と彼女の生きる道」は、冒頭から険しい展開。ヨリを戻そうと言う
  主人公に対し元妻は頑なにそれを拒む。「これは私が作ったの、これも私が作ったの」
  「凛は私が育てたの!」……くわ~、耳が痛くて仕方がない(^_^;)。私自身、子育ては
  ほとんど妻に任せきりだった。男というヤツは、外で仕事して、そこでどれだけ成果を
  上げられるか?が勝負だと思っていた。「家庭を大切にする」というのは、体裁の良い
  泣き言に過ぎないと信じていた。その考え方は、今も基本的には変わらない。外で仕事
  ひとつ出来ない男が、どうして家庭を大切にすることが出来ようか?

   しかしだ。そんな考え方で16年以上も過ごして来ると、「家族」というモノの中に
  自分の居場所が無くなるような、そんな気持ちは確かに芽生えてくる。あいつらは全員
  妻の身体の中で生命を授かり、妻の産道を通って世の中に生まれてきた。以来16年間
  1日24時間、常に妻と一緒に過ごしてきた。いわば妻の「分身」だ。私の子供である
  ことも間違いない事実だが、それでも「母親」としての存在、積み重ねてきた「時間」
  の重みに、男は絶対かなわないのである。それではならじと、ごく稀に「てやんでぇ!
  一体誰のお陰でメシが喰えると思ってるんだ?」などと啖呵を切って、それで辛うじて
  父としての威厳を保っている「つもり」の私である(^_^;)。「凛は私が育てたの!」と
  いう事実だけ言われてしまえば、私はその言葉に反論することは到底出来そうにない。

   もっとも、うちの妻が私に向かって「子供たちは私が育てたの!」などと叫ぶことは
  未だかつてなかったことである。そんなことを言う女じゃないことは私自身が一番良く
  知っているはずだが、だからこそ、妻には「到底かなわない」自分のことが、我ながら
  申し訳なくなってくるのである。これでも、自分では家族のことを「愛してる」つもり
  なんだがなぁ(^_^;)。

   主人公が、娘を手放したくないのは「愛」故のことだろう。同様に、元妻が娘を引き
  取りたいと願う気持ちも「愛」だろう。娘の頬をぶったあと「お布団干してきたの」と
  告げた母親もまた、やはり娘のことを愛しているのだろう。家庭教師と銀行員の彼女が
  主人公に対して抱く気持ちは間違いなく「愛」だろうし、ドラマ中では常に反面教師と
  して描かれている父親も、主人公のために新しい就職先を見つけてきてくれた。これも
  息子に対する彼なりの「愛」のカタチだろう。主人公のことをあまり快く思っていない
  洋食屋のコックだって、父親の仕事を見学に来た子には「どうぞ」とパフェをサービス
  するのである。笑っちゃいけない、このさりげない優しさも、人として広義の「愛」の
  ひとつには違いないのである。

   要するに、みんな「愛」なのである。嗚呼、この大宇宙の、たまさかの人の世で、愛
  以外に「真実」が有り得るか? しかしそれらの愛が複雑に絡み合う時、主人公と娘の
  行く末には暗雲が立ち込めるのである。少々支離滅裂な気がしないでもないが(^_^;)、
  今夜の放送分を観て感じたことを書いてみた。

   今後も引き続き、ますます目が離せないドラマであることだけは確かなようである。

2004年3月9日(火)


   今夜も「僕と彼女と彼女の生きる道」を観る。親権を巡る審判で主人公と元妻が争う
  シーンでは、主人公の3年前の浮気が突然明るみになってしまった。怖いねぇ(^_^;)。
  浮気の話は確か第1話から伏線があったような気がするが、それがこんな場所で効いて
  くるとは意外だった。さらに「そんなのたった一度だけです」という主人公の言い訳に
  世の女性たちは神経を逆撫でされたんだろうけど(^_^;)、これはもう、枝葉を根に持つ
  女と、都合の悪いディティールはすぐに忘れる男の、根本的な行き違いだと思う。別に
  どっちが「良い」とか「悪い」とかの問題じゃなくて、これは男と女の「永遠の課題」
  ではないのか?

   男である私がこんなこと言っても全然説得力はないが(^_^;)、私はその昔、学生時代
  までは「恋は一度」だと信じていた。しかしこの歳になって思うに、浮気というものは
  男女を問わず「仕方ないもの」じゃないのか?という風に考え方が変わって来た。山本
  夏彦は「一夫一婦は、根本に無理を含んでいる」と言っている。私もそう思う。しかし
  このドラマは、わざわざ第1話から伏線を張って、そいつをこのタイミングで明るみに
  することで、男を責める女の気持ちを鬼の首取ったかのように代弁した。その意味では
  やっぱりこのドラマは「女性」脚本家の作品なんだなぁ……と思わずにはいられない。

   元妻が娘を引き取りたいのなら、「あの状況では」主人公とヨリを戻すことも考えて
  みるべきじゃないか?と私は思った。たぶん、それが子供にとっては一番良い解決方法
  じゃなかろうか? 涙ながらに「私を母親でいさせて下さい!」という気持ちも判らん
  ではないが、やはり私は男だからつい主人公の方に肩を持ちたくなってしまう(^_^;)。

   今夜の放送では、これまで散々「反面教師」だった主人公の父親にも、ようやく良い
  感じの風が吹き始めた。あんなボロクソに描かれたままでは、あの父親も浮かばれない
  はずである。むしろ私は、あのドラマの登場人物の中で、自分に一番似ているのはあの
  父親じゃないかしらん?と感じていたところなので、今夜の展開は非常に嬉しかった。

   残り少なくなってきた(らしい)放送だが、最終回までキッチリ見届けようと思う。

2004年3月16日(火)


   今夜も「僕と彼女と彼女の生きる道」を観る。今日は冒頭から、主人公の父親が長年
  締めていたネクタイを外して、料理を作り始めたもんだから驚いた。人間、あそこまで
  変われるもんかねぇ?(^_^;) ちょっと脚本の展開が安直過ぎるような気もするな。

   その脚本の展開だが、今日は私が以前から予想していた通りの展開になったシーンが
  2ケ所あった。ひとつめは、主人公が嫌々始めた洋食屋の仕事で、今後は料理人として
  再出発する(であろう)エピソードの展開。ふたつめは、親権を争う審判で元妻の母親が
  結局は主人公に有利な証言をする展開。元妻は「良いわよ、それが私に対する罰なら」
  と言っていたが、あれは決して「罰」なんかじゃねぇんだよな。何と言うか、ちょっと
  難しいけど、母親の、娘に対する変わりない「愛」とは「別次元」での、あれはあれで
  人として真実の気持ちなんだろうと私は思う。さすがに長山藍子の演技は良かった。

   ……てなことを感心しつつ唸っていたら、とうとう審判の結果が出てしまって、哀れ
  主人公は愛娘と引き離されてしまった! 放心している主人公の元に、やって来たのは
  当然ながら家庭教師である。出来過ぎた展開だけど、2人が共に一夜を明かすためには
  仕方のない(?)脚本なのかなぁ……と思っていたら、な・なんと!来週が「最終回」だと
  言うではないか!(^_^;) どっひゃ~、もう最終回なのか? まだ、描き切れていない
  ディティールが相当有るはずなのに、ちょっと最終回は早過ぎるんでないかい?(^_^;)

2004年3月23日(火)


   今夜はいよいよ「僕と彼女と彼女の生きる道」最終回の夜である。午後10時前には
  テレビの前に鎮座して、私は固唾を呑みながら父娘の最後を見届けることにした。

   先週の放送で親権が元妻の方に認められ、主人公は「不服申し立て」をするか否かで
  迷っている。家庭教師から「もっと大切なことがあるんじゃないですか?」と言われた
  主人公は、最後の荷物を引き取りに来た元妻に「話があるんだ」と切り出した。

   「これからも凛の父親でいさせてほしい。離れていても、父親に愛されていることを
  伝え続けさせてほしい」……ここで私は愕然とした!(^_^;) なんだよ、結局この2人
  には、金輪際ヨリを戻すつもりはないのかよ?

   元妻も堰を切ったように話し始める。「離れて暮らす親とこれからどうなるのか?も
  すごく重要なことだと気付いたわ」「あなたは凛の立派な父親よ」「凛は二度と手放し
  ません」……気付けば2人は微笑み合っている。冗談じゃない!(^_^;)「夫婦」として
  ここまで理解し合うことが出来たと言うのに、なんでこの2人はヨリを戻さないのか?
  まるで「脚本上」では、最初から「別れる」という結論が先にあって、あとはどれだけ
  ディティールを積み重ねようとその結論は変わらない、とでも言いたげな雰囲気だ。

   なんか納得のいかない結末である。繰り返し言うが、最後の最後で、あそこまで理解
  し合うことの出来た(元)夫婦が、この期に及んでもヨリを戻さないとは不自然である。
  もっとも、主人公は以前元妻に向かってヨリを戻すことを提案しているのだから、その
  提案に応じなかった元妻にこそ、「ヨリを戻さない」理由を説明する機会が与えられる
  べきではないのか? ドラマの冒頭では、この元妻は突然、主人公たちの前から消えて
  一人で外国に行ったはずだが、出来ればその時のディティールを元妻の視点から描いた
  部分があって然るべきだったところではある。これが男の理屈で、「女性」脚本家には
  もともとそんな発想は無かったというなら、最後の最後に「お前には、観る資格が最初
  から無かったのだ」と言われたことに等しいと私は思うのだが、果たしてどうか?

   結局、1クール(12回分)の放送枠では、そこまでのディティールは描き込む余裕が
  無かったということなんでしょうね? これは誠に残念なことである。もしこの脚本に
  元妻の視点からの描写がもう少しだけあったなら、このドラマのタイトルである「僕と
  家庭教師と元妻の生きる道」の「元妻の生きる道」部分が明確になったのになぁ……と
  思わざるを得ない。総合的な点数をつけるとしたら33点か?(^_^;) もっとも、今の
  ご時勢で33点の連続ドラマというのは、なかなか得難い作品であったことだけは事実
  であって、だからこそ「惜しかった」と言うべきなのかも知れません。
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   最後に一言。凛ちゃん可愛い~!(^_^) このドラマが この娘の可愛らしさで一段と
  引き立ったことだけは間違いないだろう。きっとブレイクするだろうな。以上である。

   長々とお付き合い下さいまして、誠に有難うございました。



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